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ある日のお昼、掃除後のルームチェックが終わって、ようやく静かな時間になりました。

常連のゲストさんが入れてくれたココナッツ・コーヒーの香りにほぐされながら、いつものように予約入力をしていると、ピンポーンとインターフォン。

中二階のレセプションを出て、玄関へ降りていくと、さわやかなブルーのシャツに真っ黒な髪の毛、面長でスタイリッシュな眼鏡の奥には、長いまつげが印象的なヨーロッパ風の男性ゲストが立っていました。

私が、Are you checking in?と英語で尋ねると、

「あ、はい。予約している者です。あがっても宜しいですか?・・・失礼いたします」

と、とても慎ましやかに、上品な日本語を話されました。

お名前は?-アンドレアです。

予約を確認すると、それはイタリアからのお客さんでした。

「日本語お上手ですね。日本に住んでいたことがあるんですか?」

「はい、今年の4月から3ヶ月間、京都にホームステイしていました。」

あ~、なるほど。だからこんなに礼儀正しいのか・・と合点しました。


元々、日本の美術や文化に興味があり、3年前に黒沢明監督の『乱』を見たのがきっかけで、日本語を勉強し始めたそうです。

私はこういうコアな日本語学習者に出会うと、すごく特別な出会いだと感じて幸せな気持ちになります。

これからの時間に広がる期待に胸が弾むのを感じながら予約を確認し、お支払いを終えて、

「館内の説明は日本語の方がいいですか?」

と、たずねると、

「あ、はい。そうですね。私が学ぶために、それはとても素晴らしいことだと思います。」

と、深くうなずいたご様子だったので、本屋さんで日本人のお客さんに説明をしていた時のような丁寧な日本語で説明すると、「あ~、よくわかりました。どうもありがとうございます」と、どこまでも低姿勢な受け応えでした。

この一年間、いろいろなお客さんと接してきましたが、彼の日本語能力はその中でも群を抜いていました。

以前にも私より京都弁が上手なドイツの女の子がいましたが、「メッチャ、ウレシイ」といった若者らしい言葉づかいだったので、きちんと敬語と謙譲語をここまで綺麗に使いこなせているゲストは彼が初めてでした。

しばらくすると、シャワーを浴びて着替えた彼が下りてきてキッチンで話していたので、ルーティンワークもそこそこに、さっそく彼の話を聞きに私もレセプションから下りていきました。


イタリアというと、あのブーツの地形が思い浮かびますが、彼の町はそのブーツをはく時に曲げたひざの裏辺りに位置します。

意外なことに彼は将来、日本語とフランス語の通訳者になりたいというので、
「え?イタリア語は?」ときくと、「あー僕のイタリア語はちょっと・・」と、苦笑いをしました。

彼が生まれ育ったのはTrieste(トリエステ)という町で、スロベニアとのちょうど境目にあります。
スロベニアのすぐ南にはクロアチアもあり、北にはオーストリアもありというわけで、
トリエステでは、イタリアと隣接するいろんな国の文化が混ざりあっているそうです。

そのため、いわゆる標準のイタリア語よりも方言が強いので、イタリア語と文法が似ているフランス語の方が綺麗に話せるのだそうです。Skypeで現地の友達と話しているそばを通りかかると、「あー私が今話しているのはトリエステ弁です。」と、はにかみながら笑っていました。

去年の夏、一緒に浴衣を来て花火にいったオランダの女の子も、同じヨーロッパなので、庭先にはもうドイツが見えているといっていました。普段の会話ではオランダ語の時もあれば、ドイツ語の時もあり、英語の時もあり、生まれながらにしていろんな国の言葉が話せる環境にいるわけですね。

島国に住んでいる私達には、ヨーロッパのように様々な国が隣接しているところに住んでいる感覚ってなんだかつかめませんよね。

驚くことに、彼は中国語の学習歴もあるそうです。でも、発音が難しすぎて、漢字ばっかりならんでいて、
「んーチョット、キモチがワルクナリマシタ・・」と苦笑いしていました。

でも彼と同じ大学のアンナさんという恋人は同じトリエステの出身ですが、彼女の方はなんと中国語が堪能で、既に北京で彼が来るのを待っているんだとか!

素晴らしいですね。語学好きの私にとっては、夢のようなカップルです。

さて、そんな22歳の好青年アンドレアさんの目に、初めてのTokioはどんな風に映るのでしょうか・・・?

楽しみな4日間になりそうです!

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おとといは久々に早く仕事が終わったので、そのまま浅草に繰り出してみました。

雷門をぬけると、和紙工芸のお店の戸口ではシャラララ、シャラランと

さわやかな風鈴の音が出迎えてくれ、活気づく仲見世に足を進めていくと、

遠くから祭囃子が聞こえてきました。

「これぞ浅草」という粋な雰囲気の中で、通りを行き交う人々は皆、幸せそうに笑っていました。

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本堂の近くでは、沢山の屋台が軒を連ね、来る明日の渡御に向けて準備を進めているようでした。

そこに見慣れぬ「トルネードポテト」なる看板を発見。

一体どんなものなのか想像もつかず、同僚に聞いてみても食べた事も見たこともないとの返事。

もしもまた見つけたら、一度は食べてみたいと思いました。

この日は昨年の夏に一ヶ月ほどうちに滞在していたオランダの友達の

誕生日プレゼントに簪を探しておりました。

彼女とは、一緒に浴衣をきて東京湾の花火を観にいったり、

去る今年四月に幕を閉じた歌舞伎座へも足を運んだりしました。


どうにか手頃な値段で彼女好みの青の模様が入った簪はないかと探しておりましたが、

なかなか見つからず、ついつい私の好きな伝法院通りを抜けてちょっと寄り道・・

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地元で働く人たちにとっては最高にして最大の癒しの場だと思います。

この通りの中には、ナイツやぐっさんなど人気の芸人さんも足しげく通うもんじゃ屋さんがあり、

長くに渡って人々に親しまれています。

数年前、あの紫の下駄を買った日に、ここで母になついていた猫は今頃どうしているのかなぁ・・

これから徐々に心地よい季節になっていきますよね。

ここでいただくビールと枝豆と冷奴は格別においしいですよ☆

衣かつぎや煮込みもオススメです。早番のあとにはぜひこちらで一杯!
 先日、会社に行く時、うっかり携帯電話を忘れてしまいました。休憩時間になるといつも携帯を開いていただけに、ないとなるとどうにも心持ちが悪い・・さて、どうやって時間を潰そうかと辺りを見回すと、台車の上にあった一冊の本が目にとまりました。
  
若い女性が着物に三味線・・おぉっ!これはまさしく私が憧れていた姿!しかも帯には「OLから心機一転」とある。「今日、携帯を忘れたのも何かの縁!」と、運命を感じた私はさっそくその本を手にとり、夢中で読み始めました。
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 倉敷の薬問屋の旧家に生まれ、何不自由なく育った筆者が、なかなか「これぞ!」という自分の道を見つけられず26歳の時、東京に出ればきっと何でもできる!とやってきてから、俗曲師となるまでの様々な出会いと模索の日々を綴った手記で、「日本人なのに日本のことを何も知らない。けれど強く憧れる、そして何か自分もやってみたい・・」という思い、着物に三味線、そして転機が訪れた26歳という年齢・・今の自分とぴったりと一致するこのうめ吉さんに、とても親近感を覚えたのでした。
 
 
家に帰ってさっそくHPで出演予定を調べてみると、2月上席【浅草演芸ホール 夜の部】とあり、これは行くしかないと今日の休みを楽しみに待ちながら、写真と文字でしか知らないうめ吉さんへの憧れを強めていくのでした。
 
 
ニ、三日前まで降っていた雪もすっかり溶け、陽射しもまだほんのりと温かい三時過ぎ、早めに支度をして出かけると、着物を着た女性たちが浅草演芸ホールの前で写真を撮っていました。私もせっかくなのでと、こののぼり旗のにぎわい座を自分の携帯におさめ、少しでも近くでうめ吉さんをみる為に昼の部の終わりの方から早々と入場して一番後方から全体を眺め、前列の席が空くのを今か今かと待っていました。
 
 寄席の開始から、うめ吉さんの出番までは実に四時間。いくら落語好きの私でも、ずっと座りっぱなしはさすがにきついだろう・・と思いきや、今日の芸人さんはなかなかみなさんおもしろく、時間はあっという間に過ぎていきました。
 
時計の短針が五から六へ向かうその一番最後の幕に現れたのが「江戸売り声」で人々から親しまれている和風漫談家。登場するや「待ってました!」と常連のおじさんたちが威勢よく声をかけ、とてもうれしそうに微笑みかえす、その黒い羽織には「宮田章司」と書かれていました。
 
「薬というのは今じゃドラッグストアに行かなきゃ買えないが、昔は向こうから売りに来た。便利な時代でございました。」
 
と、その時代のエピソードを織り交ぜながら、一曲、二曲と歌っていると常連のおじさんが「いい声だねぇ・・」と、しみじみかみしめるので「すっかり気分がよくなりました。どうぞみなさま、ここらへんでご注文を!」と、言い終わらぬうちにすかさず「ラオ屋!」という声が一番前の席から飛んできました。
 
ラオ屋とは漢字で「羅宇屋」と書き、キセル(昔の煙草)の詰まりなどを修理する人のことをいうのだそうです。キセルの材料となる竹がラオスから入ってきたことからこの名がついたのだそうです。
 
そういった昔の様々な物を、ここにいる常連さん達はみんなリアルに見てきたんだな・・そう思うと、とてもうらやましく、そういった情緒をほとんど感じることができない時代に生まれたことがちょっぴり悔やまれるような気さえしました。
 
つづけて「金魚売り!」「七色唐辛子!」と、次々に古きよき日本の情緒を感じさせる声が次々に飛んできました。七味ではなく「七色」というところがさすがこの時代をよく知ってらっしゃる!と、宮田さんも大喜び。観客と一体となって、会場はとても盛り上がっていました。そのおじさんたちの生き生きした姿と、浮かんでくる昔の町の様子に心を動かされ、「今日はとてもいい出会いをしたなぁ・・」と、感じることができました。

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それから神田紅さんの講談や、ギター漫談やマジックショー、三遊亭一門の落語など八組の演目が続いたあと、いよいよめくりが「うめ吉」という名前に変わり、背筋がピンと伸びました。
 
袖からそろそろと梅の着物で目の前に歩いてきたうめ吉さんはとてもお顔が小さくて、細くて透き通るような声をしていました。本には「お稽古ではさくら師匠に相手にもされなかった」とか「三味線も唄も満足にできない」と、色々な苦労が綴られていましたが、高座ではそんな舞台裏の苦悩は感じさせないほどとても美しい音色で、何にも知らない所からたくさん研鑽を積んだあとがうかがえました。
 
新橋で芸者さんたちの舞踊を見て感激したことがきっかけで三味線を習い始め、そして長唄を習い、それから芸暦が浅いのをなんとか頼み込んで寄席囃子研究生になり、下座として寄席を袖から見ながら色々なことを吸収していくうちに、さくら師匠から突然、寄席の芸人としての道を示されたことなどを頭の奥で思い返し、隣の席の若い人はきっとそんなこと知らないんだろうなと密かに楽しみながら、今日の晴れ姿を眺めていました。

三味線の音だけでなく、衣裳にもこだわり、日本女性の美しさを追求していったうめ吉さん。口紅の色、髪の結い方、草履の高さ、そして着物の着方ひとつにしても、優雅に見える裾の長さ、帯のボリューム、そして帯紐との色合い・・細部にまで気を配り、たくさんの先輩方に意見を聞きながら、ひとつひとつ「なんかおかしい」と感じる要素を排除して、「あら、いいわね」と言われるようになっていったそうです。その過程は闘いでもあり、また喜びでもあると著書の中で語っていました。
 
高座では大人しい口調で三曲ほど紹介してくださったあと、最後に舞を踊ってくださいました。これを習得するのにどれだけのエネルギーと時間を要したのだろう・・と、思いながら眺めていると、白い屏風にくるくると舞い踊る影が映っているのが見えました。そのシルエットは非常に女性的で美しく、まるで名人・正楽師匠の切り絵のような、そのたおやかさに心を奪われました。色々と座り比べた挙句に今の三列目真ん中の席「う-11」を選びましたが、細かい表情や動きもよく見えたし、何よりうめ吉さんの「う」と三味線の糸のようで、偶然とはいえいい席を選んだなぁと、後から思いました。夢中になっているとあっという間に終わってしまいましたが、こんなに早くお目にかかれて本当によかったです。 
 
さて、トリには笑点でもお馴染みの三遊亭小遊三さんの師匠・遊三さんが登場し、貧乏な長屋連中が番茶を水で薄めただけの「酒」と、大根を月型に切っただけの「かまぼこ」、そして、沢庵を四角に切っただけの「玉子焼き」を、あ~ぁと嫌々口にしながら、場を盛り上げるために無理やり酒に酔ったふりをさせられる「花見長屋」という噺を最後に、今日の高座の幕が下ろされました。
 
とても満足した気持ちで演芸ホールを後にし、去年の正月に食べたひつまぶしの店、「うな鐵」に思いを馳せつつ、駅のホームで電車を待っていると、ちょうど後ろのベンチに辺りで一杯ひっかけてきた中年サラリーマン三人組が陽気に話しながら腰掛け、会話がなんとなく耳に入ってきました。
 
「こないだ酔っ払っちゃって終点の光が丘まで行っちまってよぉ・・そのあと戻ろうとしたら今度は勝どき通り過ぎちまって・・」
 
「えぇ、そりゃ奥さんに怒られたでしょう?タクシー使ったんですか?無実を晴らすために・・イヒヒ」
 
「いや、終電にはなんとか間に合ったんだ。だけどなぁ、こんなのは序の口よぉ。前なんか俺、三浦半島まで行っちゃったんだから・・」
 
「え?それでどうしたんですか?」
 
「慌てて周り見てみたら、駅のシャッター、ガラガラガラって駅員が下ろしてんだよ。
今日はもう終いですってな。それでよう、私、上大岡なんですけど、こっから帰る方法ありますかねぇ?って聞いたんだよ。」
 
と、今度は駅員の口調をまねて
 
「う~ん、国道まで出ればタクシーはあるかもしんないですけどねぇ・・あっ、でも今日は雨ですからここら辺は通ってないかもしれないですねぇ・・」
 
と、しゃべり分ける様子や、聞き手の様がなんだか落語の延長みたいで、最後の最後についてきた意外なおまけを背中で楽しんでいると、ほどなくして自分の電車がやってきて、段々サラリーマン達の話し声が遠くなっていきました。
 
そのまま何の気なしに足を進めましたが、浅草駅が見えなくなったあと、つり革につかまりながらさっきのサラリーマンの会話を思い返し、「本当の落語通なら落ちまで聞いてから電車に乗るべきだったかなぁ・・」などと一人で密かに笑い、楽しい一日の終わりをかみしめながら家路についたのでした。

匠の技 ~注染手ぬぐい~


◇◆注染とは?◆◇

注染(ちゅうせん)は、明治40年頃大阪で始められた伝統的な染物の技法で、浴衣や手ぬぐいなどに独特の風合いをもたせるものです。

しかし、その作業はとても繊細で大量生産は難しく、プリントものが多く出回っていく現代の流れので、次々と工場はなくなってしまい、注染手拭をすべて手作業で製造している工場は関東では唯一、「中村染工場」だけなのだそうです。


◇◆なぜ「注染」というか?◆◇

作業の工程として文様となる型を置き、全体にまず糊づけをしてなじませたあとで、文様の輪郭となる部分となるところを太い糊の枠で囲い、そこに染料を注いでいくのです。このことから注染と呼ばれています。

この、糊で囲う作業がきちんとできていないと染料がまざりあい、模様がきれいに出なくなってしまいます。両手にそれぞれ違う色の染料をもちながら、決められた枠内に染料を注ぐ分量と速さで仕上がりが決まってしまうので、その加減を見極めながら行います。

「まとめて染まる代わりに、まとめてだめになる」と、中村さんはこの作業の大変さを語っています。


◇◆手染めの特徴◆◇

プリントものは表面だけを印刷するため、ご覧のように裏が白くなってしまうのに対し、注染は生地全体に色を染み込ませるので、裏まできれいにそまるのが特徴です。それが「本物」である証ともいえますし、そうすることで手染めならではの風合いもでます。

 
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【プリントものは裏が白い】 



◇◆中村染工場さんの作品◆◇

冒頭でご紹介した中村染工場のページです。ちょっとした贈り物にいいですね☆
くわしい作業工程も載っています!

【中村染工場】http://www.nakamura-some.com/


手拭といえば落語でも、扇子と並んで重要な小道具のひとつ。手紙や本などを開く時のしぐさに使われたりもします。昨年の大銀座落語まつりでは、私の大好きな古今亭菊之丞さんが観客へのプレゼントとしてご本人が使われているのと同じデザインの手拭を客席に向かって5、6枚くるくるくるっと投げていらっしゃいました。私はうしろのほうの席だったのでまったく届く気配はなく、前列の人たちがとってもとってもうらやましく思いました。う~ん、今年もまた行こうっと!



春の七草nanakusa.JPG

 
お節料理のあとは七草粥ですね。
でも意味や由来については、
漠然としかわからなかったので
今日は勉強してみることにしました。






【由来】中国の「人日(じんじつ)の節句」から


1月7日は中国で人の一年の吉凶を占う日とされていました。

この日が晴天なら吉、雨天なら凶といった具合です。

日本への伝来は平安時代の頃とされ、以来、神前に若菜をお供えして邪気を払い、一年の無病息災を祈るようになったとのことです。

 

ちなみに昔の中国では1月1日から8日までそれぞれ家畜や、穀物を当てはめ、それぞれの吉凶占いを行っていたそうです。1日が鶏、2日が狗、3日が羊、4日が猪、5日が牛、6日が馬、8日が穀の日と割り当てられていました。



 

【七草の意味と効能】7Herbs

七草はそれぞれに効能があり、年末年始に不足した栄養を補うのにとても利にかなった食材がそろったいわば薬膳料理のひとつといえます。そしてお節料理と同じように、使用される若葉にもそれぞれ意味があります。

 

セリ=競り勝つ 【健胃・整腸・血圧をさげる】

ナズナ=撫でて汚れを除く
【=ぺんぺん草:利尿作用】

ゴギョウ=仏体
【咳を鎮める】

ハコベ=繁栄がはびこる
【歯槽膿漏】

ホトケノザ=仏の安座
【解熱・解毒】

スズナ=神を呼ぶ鈴
【=カブ:利尿・便秘解消】

スズシロ=汚れのない清白
【=大根:食欲増進・利尿作用】

 

セリやカブ、大根は食べたことがあるけれど、ぺんぺん草まで使われているとは知りませんでした。名前をきいてもどんな植物かすぐには浮かんでこないものが多いですよね。向島百花園ではみられるみたいです。

さて、我が家の七草ですが、今年はトッピングがおもしろかったです。
写真には写っていないのですが、油揚げをごまで炒って醤油でちょっと香りづけしたものがとても香ばしくていいアクセントになっていました☆

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HN:
沙り
年齢:
36
HP:
性別:
女性
誕生日:
1982/02/14
職業:
セレクトショップスタッフ
趣味:
ジョギング・写真      伝統芸能・祭・旅
自己紹介:
生後3ヶ月の頃
母に抱かれながら
生まれた喜びを
懸命に伝えようとする声

我が家で大切に
保管されている
カセットテープには
そんな私の
「言葉」と「人」への
純粋な思いが
残されています

交換留学先の
オーストラリア

高校演劇の稽古場と
体育館の舞台

留学生たちと語り合った
外語学院のカフェテリア

母国語とは何かを
教えてくれた
日本語教師養成学校

身を削りながら
学費を稼ぎ出した
グランドホテル

20代を語る
全ての背景となった
駅前の洋書売場

大好きな隅田川の
ずっと先にあった
浅草のゲストハウス

そして

旅人達のターミナル・・


気がつくと
その学び舎で得た事は
すべて
外国の方々の笑顔に
繋がっていました

日本語を学びたいと
心から願う人たちの為に
どんな形でも
教える場を設け
共に学んで行く事が
私の夢です

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