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季節ごとに寄席に足を運んでいるうちに、三味線のもつ魅力に引き込まれるようになった。
 
寄席では噺家一人一人に「出囃子」と呼ばれる登場曲があり、袖のほうでは下座さんたちがそのお囃子を演奏している。
 
先達、浅草一人散歩で駅に降り立つとすぐに浅草演芸ホール・東洋館の楽屋からこのお囃子を練習しているのが聞こえてきて、なんともこの町らしい雰囲気を味わったものだった。
 
また、落語の間には漫才や曲芸などのほかに「色物」と呼ばれる、舞や三味線などの演目がある。
今年の正月寄席で初めて出会った、浅草生まれの浅草育ち・三遊亭小円歌さんはたった二人しかいない三味線落語という芸をもつ女性の一人である。白と桃色と銀色のシックで華やかな着物に身を包まれ、糸の調子を合わせながら謡う姿は美しい。まさに日本女性の美、そのものである。
 
今年の春、東京シティガイドクラブの登録更新を行う際、私はあることに気がついてしまった。
「自分の特技」を書く欄である。私が日本人として胸を張って「これができます」といえるものが何もなかったのだ。あるのは中途半端な外国語会話力と、途中でやめてしまった書道・エレクトーンぐらいだった。これではいけない。日本人として一芸身につけたい。
 
小円歌さんの姿は私の憧れとなった。三味線ならどこへでも持ち運ぶことができる。
着物を一人で着こなし、海外の人の前でチン・トン・シャン・・と一曲でも奏でることができたらきっと喜ぶだろう・・そう思うと、いてもたってもいられなかった。

私はネットで三味線の一日体験教室を探し、さっそく応募のメールを送った。
 
教室は人形町にあった。駅に降り立つと、古びた木造の家や小さな鳥居があり、歴史を感じさせた。
知らない町の澄んだ空気が、今日はよい一日になりそうだ・・と予感させてくれた。
 
教室には12名ほどの生徒が入った。20代後半から30代ぐらいの女性が大半で、ご年配の女性と男性もちらほら。中には着物をきている20代半ばぐらいの綺麗な女性もいた。「長唄を習っています」と、まっすぐな背筋で声を張るその女性は、とてもかっこよく見えた。
 
女流義太夫の方が行っているところこの教室は講師に鶴澤駒治さん、そして我々初心者のサポートをしてくださるのが駒清さん、弥々さん、津賀榮さんというお名取さんたちである。教室に通ってある程度以上の実力が認められると、このように名前をもらえるのである。

座布団の前には浄瑠璃などの公演案内、今日の教本、そして各々柄の異なる手ぬぐいに、毛糸の「指かけ」なるものが配られた。譜面は「いろは」で表記されており、一番太い上弦を一の糸、少し細くなって二の糸、三の糸と順に音が高くなっていく仕組みだった。
 
ふだん寄席で見かける細棹の小さな三味線と違い、義太夫のはとても大きく感じた。手の小さい私にこの大きさは大丈夫か・・?と思ったが、それよりもとにかく撥をもって弾きたいという気持ちのほうが大きかった。
 
「三重」(さんじゅう)という語りの最初に使われる曲のさわりの部分を教わった。
最初は三の糸をどこも押さえずに開放弦で四回弾く。皮に撥先をつけるように力いっぱい弾く。次は二の糸と一緒に。重みのある響きが加わり、ここでぐっと三味線らしさが増してくる。
 
ギターなどの弦楽器には棹の部分に「フレット」と呼ばれる突起があって、それによって音階がかわる。しかし、三味線にはそれがない。どの辺りを押さえれば、その音が出るのかは師匠の指をみて覚えるしかないのだ。だからその壺を「勘所」と呼ぶ。shamisenhajimeyou.jpg
 
隣のおばあちゃんはそれがなかなかつかめないようで苦戦していた。私は小六でやめてしまったが、エレクトーンをやっていたことは意味があったなと、この時改めて実感した。三味線の棹は一本のように見えるが、実は二つに分解することができる。木の凹凸を組み合わせでできているので、継ぎ目がある。
だからこの継ぎ目を目安にして壺をおさえるのだ。
 
「調子三年、勘八年」といわれるほど、満足に弾きこなせるようになるためには、
長年の熟練が必要なこの楽器。

今、目の前にいる師匠も初めからうまく弾けたわけでは決してなかっただろうと思った。
楽譜に書いてある文字は特殊でしっかりと説明を聞いていないと、ついていくのは少し大変だったが、一生懸命自分の指に「こうだよ、こうだよ」と念じながら弾いていくと、しだいに思ったとおりに指を動かせるようになってきた。
 
その頃には両足にかかる自分の体の重みも、バチを支える右手もかなり痛くなっていたが、物語がいよいよ始まるという所でのテテテテテテテンと指をスライドさせながら調子が上がっていく部分を弾けた時には、いかにも三味線を弾いているという感じがして、とても気分が高揚した。
 
最後に通し演奏をして、二時間の講座をしめくくった。
 
かなりの手ごたえがあり、なかなか簡単には弾けない分、最後にみんなで合わせられたときの達成感は大きかった。それまでピンと張っていた教室の空気がふっとほどけた瞬間だった。
 
太棹でこれだけ楽しめたのなら、細棹の教室が見つかればもっと打ち込めるだろうと強く感じ、新しい世界を発見できた喜びに包まれた。
 
教室の外に広がる味わいのある町並み。「長唄を習っています」と美しい声でこたえた女性の凛とした着物姿がふたたび目の奥によみがえり、これからの挑戦に希望がわいた。
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HN:
沙り
年齢:
35
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性別:
女性
誕生日:
1982/02/14
職業:
セレクトショップスタッフ
趣味:
ジョギング・写真      伝統芸能・祭・旅
自己紹介:
生後3ヶ月の頃
母に抱かれながら
生まれた喜びを
懸命に伝えようとする声

我が家で大切に
保管されている
カセットテープには
そんな私の
「言葉」と「人」への
純粋な思いが
残されています

交換留学先の
オーストラリア

高校演劇の稽古場と
体育館の舞台

留学生たちと語り合った
外語学院のカフェテリア

母国語とは何かを
教えてくれた
日本語教師養成学校

身を削りながら
学費を稼ぎ出した
グランドホテル

20代を語る
全ての背景となった
駅前の洋書売場

大好きな隅田川の
ずっと先にあった
浅草のゲストハウス

そして

旅人達のターミナル・・


気がつくと
その学び舎で得た事は
すべて
外国の方々の笑顔に
繋がっていました

日本語を学びたいと
心から願う人たちの為に
どんな形でも
教える場を設け
共に学んで行く事が
私の夢です

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